私論公論トップページへ戻る

                                           2015.9.29

「学校法人の実務担当者のための資産運用入門」
〜今こそ、リーマンショック時の二の轍を踏まない為に(6)〜
<更にもう一段の価格下落(株安、円高など)に耐えられるか?>

梅 本 洋 一
インディペンデント・フィデュシャリー株式会社
法人資金運用管理コンサルタント


◆更にもう一段の価格下落に耐えられるか?
  前回コラムは、伝統的な債券運用が行き詰まる中、公益法人の資産運用を保守的に保つにはどうすれば良いか? ということについて議論した。足元の異常低金利だけではなく、本邦財政問題を引き金とした債券運用の中長期的な信用リスクの顕在化にも、これからは重々配慮してゆく必要があろう。そして、そのような債券運用(価格変動の小さい保守的な資産運用)を代替しつつリスク分散も試みる手段の一つとして、為替ヘッジ外債(海外の発行体で投資適格の物)の可能性について紹介した。
  今回は、価格下落(株安、円高など)に耐えられる資産運用ついて考察してみたい。例えば、2015年度9月18日現在、本年のピークからみれば、日経平均は21000円⇒18000円、東証REIT指数は2000ポイント⇒1600ポイント、円/米ドル為替は125円⇒120円など、総じて価格下落が生じている。勿論、この先これらの資産価格が直ちに回復する可能性も無いとはいえないが、正直そんなことは誰にもわからないのである。
  だからこそ、もしも万が一、更にもう一段の価格下落(株安、円高など)が生じた場合でも、狼狽えない、事業・収入予算に障らない、それに耐えられるような資産運用の内容であることはとても重要なことである。組織の財産の運用管理としては、より悪い状況の到来も想定した保守的かつ謙虚なスタンスで臨みたい。次に、いくつかの法人における直近の対応を紹介しているのでご参考にしていただきたい。

◆近年、仕組債投資を拡大したX法人
  小職:「貴法人のH26年度決算書類を拝見して直感しましたが、昨年度かなりの部分を仕組債投資してしまっておられませんか? 収支計算書の受取利息・配当金が予算約1億円に対して、決算が1億5千万円と5千万円も上振れておられます。しかも貸借対照表の有価証券の時価情報においては、満期保有目的債券の時価が簿価を超えないもので25億円(債券全体の40%以上)有り、評価損が▲2億円と記載されています。▲2億円(簿価の▲8%)は通常の債券運用では考えられない大きさの下落に思います。」
  X法人担当者:「ご指摘の通りです。日経平均を参照する仕組債を中心に、昨年度かなり傾倒しております。ただし、前任者より引き継いだ本年度からは、もはや早期償還したものは再び仕組債に再投資しないよう、保有額を減らすよう指示しております。仕組債については非常にリスクが大きいものであると認識しています。現在の日経平均株価の水準であれば、仕組債の評価額が株価並みに下がっていても、今のところ受取利息には大きな変化はみられません。しかしながら、万が一、株価がさらに一段下落するような場合、含み損の大きな拡大に加え、利払いも激減あるいは停止するという条件も付帯されており、憂慮しているところです。」
  小職:「同感です。」
  X法人担当者:「昨年度以前まではずっと国債、政府保証債、財投債、地方債を中心とした保守的な債券運用を行っていたようですが、利回りの低下が著しく、ついに安易に仕組債(表面的に債券運用の体裁を踏襲しつつ高利回りを狙えると考えた)に手を出してしまったようです。ところが、上手くいっている間は良いのですが、一段の価格下落、利払いの停止といった事態に陥ってしまった場合、『誰がどのように判断し、仕組債取得の許可を与えたのか』という組織の意思決定、ガバナンスの責任を問われかねない危険があると考えています。従来と異なる資産運用をするのであれば、危険を誤魔化さずに組織へ周知できるような、運用とその管理体制の在り方を再検討する必要があると考えています。」

◆ファンドラップを開始したY法人
  Y法人担当者:「昨年度より運用資金の一部について、ファンドラップ、SMAへの委託運用を開始しておりますが、もしも、もう一段の価格下落(株安、円高など)が起こったら、それら委託運用に対する当組織の心象がネガティブなものに変化してしまわないか心配です。」
  小職:「目標リターンや許容できるリスクなどに基づき内外の債券や株式に国際分散投資するというやつですね。許容リスク=価格変動の上下の大きさについても予め一定の想定がされている筈ですが、何が問題なのでしょう?」
  Y法人担当者:「評価額は本年のピークから約10%下落している状態です。もしも、一段の価格下落が起これば、国際分散投資されているとはいえ、比較的大きな含み損の状態が続き、組織内部で肯定的な評価を続けることはより困難になってゆく気がしています。しかも、内外の債券や株式の利子や配当金は受け取ることも、運用収益として計上することもせずに、それぞれのファンド内部で再投資されるタイプなので、含み損の状態であること以外に注意が向きづらいというデメリットも感じています。結局、運用収益を得るには売却して値上がり益を実現する以外に方法が無いことにも使い勝手の悪さを感じています。」
  小職:「現在、ピークから約10%の下落率ということですが、ちなみにそのファンドラップ、SMAの資産配分はどうなっていますか?」
  Y法人担当者:「現在の資産配分は日本債券45%、日本株式20%、外債25%、外国株式10%となっています。」
  小職:「過去の経験値からいえば、下落率▲15%〜MAX▲30%程度までは許容する必要がある資産配分かと推察します。保守的な法人の資産運用としては少々積極的ではありますが、これも資産配分を決定された当初からの許容リスク(価格変動の大きさ)の範疇内なのではないでしょうか?」
  Y法人担当者:「お恥ずかしい話ですが、委託運用するにあたっては長期期待リターンが少なくとも3%程度はないと釣り合わないと考え、金融機関に相談したところ現在の資産配分の提案を受けました。その提案については当方で精査・判断することは困難であり、そのまま採用したという経緯です。結果論ですが、長期期待リターンが低くなると言われても株式や外債の割合を少なくしていれば、株価や為替の下落にこれほど悩まされずに済んだのかもしれません。また、ファンドラップ、SMAに含まれる20種類近くのファンドについても、資産配分同様、金融機関の提案をそのまま全て採用しており、ファンド価格下落に伴う法人側としての管理に今後不安のあるところです。」
  小職:「運用収益などについての使い勝手の悪さなどもさることながら、実態は金融機関への丸投げに近い委託運用だったことがそもそもの原因のようですね。」

◆国債と上場投資信託(ETF)などでポートフォリオを組むZ法人
  Z法人担当者:「今般の株安、円安などの価格下落の影響で当法人の運用財産もピークの207億円⇒200億円へと▲4%程度下落しております。しかしながら、日本国債等(配分比率70%)とETF等(配分比率30%)からの受取利子配当収入は安定しており、今後一段の市況悪化が起こったとしても、財政基盤、資産基盤は健全な状態を保てると考えています。また、今年新たに追加した為替ヘッジ外債(投資適格債)5億円も今回の下落局面では価格上昇するなど、外債、内外株式とは異なる国債等に準じた分散効果を示しており、引き続き、低価格変動での相応の運用収益と共に、超長期国債等のリスク分散も図ることを期待しています。更に、ETF等も不動産(国内&海外)、外債(適格債【ヘッジ無し&ヘッジ有り】>新興国債>ハイイールド債)、株式(先進国株式&新興国株式)の多様なバランスに配慮し、価格変動の相殺効果もある程度見込みながら、一方的な大暴落にならないように既に資産配分には注意が払われている状態です。」
  小職:「今般の価格下落を受けても、貴法人の資産運用には何の変化も無しということですか。」
  Z法人担当者:「それは少々違います。当法人では今般の価格下落をある意味でチャンスと捉え、行動する準備を進めています。」
  小職:「価格下落をチャンスと捉える、ですか?」
  Z法人担当者:「そうです。価格下落=当該資産の利回り上昇でもあります。具体的には比較的大きく価格下落し、利回り4%程度になった不動産(REIT)、同じく利回り5%を超えた新興国国債を、運用方針で目安と定めている資産配分比率程度まで、ETF等で買い増しを進めるというものです。その他、先進国株式や新興国株式についても同様の買い増しを今期検討しています。これらは、当法人における一定の資産配分比率目標を含む運用方針に沿ったルーティンのオペレーションです。」

◆価格下落に対する三者三様の対応とブレない、強固な運用方針の有無
  いかがであろう。今般の価格下落(株安、円高など)という同じ事象に対する対応と備えがこれらの三者において全く異なるのは興味深いとは言えないだろうか。更にもう一段の価格下落への準備も出来ている法人も有れば、そうでない法人もある。勿論、それぞれの運用内容の違いは直接的な要因かもしれない。しかしながら、より本質的な要因は、ブレない運用方針、強固な運用方針が組織に備わっているか否かではないだろうか。    

以上
 
■インディペンデント・フィデュシャリー株式会社■
E-mail:umemoto@i-fiduciary.co.jp
HP:http://www.i-fiduciary.co.jp/

私論公論トップページへ戻る