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大学情報の公開の新展開



西野芳夫
関東学院大学教授・前常務理事
大学法人の財務・経営情報公開調査研究会メンバー
日本私立大学連盟財務政策委員会委員情報公開担当


 1月13日付の地域科学KKJセミナーニュース218*は、大学情報の公開が本年4月から第2ステージを迎えるため、この問題への対処が喫緊の課題であると伝えている。これを機に、大学の説明責任に基づく情報公開の在り方をあらためて考えてみたい。

 同ニュースによると、新しい展開をもたらした動きの一つは、昨年6月の「学校教育法施行規則等」の改正省令である。これにより「教育研究活動等の情報」について具体的な9項目が明示され、“公表義務化”されるとともに、「教育上の目的に応じ学生が修得すべき知識及び能力に関する情報」についての公表が“努力規定化”された。こうした教育情報の公表への取り組みはすべての大学等に適用されることになる。
 もう一つは同じく昨年7月に公表された「大学法人の財務・経営情報の公開について(中間報告)」(日本私立大学団体連合会・日本私立短期大学協会)である。これは「新・事業報告書」の参考事例として具体的なガイドラインを示したものであり、先の教育情報の公表の場として、「充実した事業報告書」への統合的集約を提起していることが特徴となっている。法令(私立学校法)による形をとっていないが、事業報告書作成のデファクト・スタンダードとしての役割が期待されている(たとえば補助金配分方法の改訂や各種調査の動きについて詳しくはセミナーニュースを参照)。

 上の2つの動きは、情報公開の現状が社会のニーズに対応していないことを踏まえてとられた措置である。たしかに大学情報の公開は、私立大学連盟の各種委員会で10年前から継続的にこの問題に関わってきた経験からみても、この間に大きく進展してきたことは確かである。とくに一部の大学における開示内容や方法の充実ぶりには目を見張るものがある。しかしながら、たとえば本地域科学主催のセミナーで報告された101法人の事業報告書の調査分析をみても、その内容の多様性と不統一さが目につき、また、ウエブ調査にあたって読み込むのに苦労した事例が多いとの話も聞く。これではとても説明責任を果たしているとは言えない。

 大学が説明責任に基づいて行う情報公開は社会のニーズをふまえた上で適切な情報を提供していく必要があることについて異論はないだろう。ところが実務における経験の蓄積が十分とはいえない現状のままさらに新しい段階を迎えるとなると、大学情報の公開は何をどこまで公開すればよい、各大学としては悩ましいところであろう。本会KKJでの数回にわたるセミナーの講師を務めての経験からみると、この問題に適切に対処するには、もう一度初心に立ち返り、情報公開は何のために行うのか、誰のために行うのかなどの説明責任の基本的な考え方について、十分な理解を持つ必要がある。ここでは重要と思われる項目として、大学の責任システム、説明責任、質保証を取り上げて、私見を述べておきたい。


〈大学の責任システム〉
 もともと大学は、かつては象牙の塔ともいわれたように、社会の動きとは離れた独自の存在として認められてきたこともあって、営利組織の企業と比べても基本的な責任のシステムが十分ではなかった、あるいはその必要がなかったというのが実情かもしれない。ここでいう責任のシステムとは、教育研究の質を保証する仕組みや、経営の自己責任に求められるガバナンスの構築、いわゆるPDCAサイクルなどのマネジメント手法の導入、情報公開制度の確立等をいう。
 ところが今日のように、高等教育の質保証が求められ、また、大学の経営破綻も問題となる状況の中では、こうした仕組みを早急に整備することがモラル・ハザードの危険性を排除するために必要となってきた。そのため、自己点検評価や認証評価機関による評価が求められ、また、学校法人にあっては平成17年から施行された私立学校法の改正により、ガバナンスの整備や事業報告書の作成が義務化された。説明責任に基づく財務書類と事業報告書の利害関係者への閲覧制度が法令によって明確にされたのもこの時である。これらの諸整備内容のうち、説明責任に基づいて行われる情報公開については、経験の蓄積が必ずしも十分ではなく未開拓の領域であり、その内容の多くは実務に委ねられていたが、今回この問題について新しい取り組みが始まった、というのがこのたびの省令改正等が行われた理由と考えられる。したがって、情報公開にあたっては、説明責任が大学の責任のシステムの一環であることを意識してこの問題に取り組むことが望まれる。

〈説明責任と質保証〉
 説明責任(Accountability)という用語は、かつては「会計責任」という狭義の意味で使用されてきた。今でも、事業報告書は財務情報を補足して説明すればよいという意見もある。しかし、今日では、公正な情報共有の推進という現代的課題に応えるために、情報公開全般の根底にある包括的概念として使用されている。この点に関し、今回の学校教育法施行規則の省令改正において、「大学等が公的な教育機関として、社会に対する説明責任を果たすとともに、その教育の質を向上させる観点から」(改正省令の施行通知前文)行われたと説明されている。
 ここでは説明責任が、大学の教育情報や財務・経営情報を積極的に提供することによって、大学の活動に対して正当な評価を求めるための方策としてとらえられている。すなわちは情報の公開が大学の質保証と結び付いていることに注意しなければならない。このように、情報公開が求められる様々な背景から、説明責任の考え方が多様化かつ複雑化している。こうした一連の動きを総合すると、大学の情報公開の具体方策としては、教育研究活動の公表及び「事業報告書」(学校法人)のみではなく、「事業計画書」「中長期計画書」「自己点検報告書」「認証評価報告書」等についても的確な公開が求められることになる。

〈質保証と説明責任〉
 情報の公開が質保証の方策としての役割が期待されているとしても、この質保証とは何を意味するのだろうか。質の保証といえば教育の質保証を意味するのが通常である。ところが教育の質保証は財政的基盤を含め、大学全般の管理運営の質により支えられる。このことを考えると、質保証は経営についても求められている。  大学は、教育研究活動を担う大学と、その大学を設置しミッションを明確にするとともに経営に責任を負う理事会で組織されている。大学の経営に関する説明責任は、教育研究活動を保証する人的(人事)、組織的、及び物的(施設設備等)条件の整備とそれを可能にする財政基盤の確保の状況について、その実現に責任を負う理事会がどのように計画し、どのように実施したかを説明する責任である。また、事業計画がどれほど立派でも、これが適切に実行されなければ意味がない。したがって、計画と実績の双方が説明さるべきことになる。
 また、日常的な通常業務においても、職務執行の質が保証されなければならない。ファカルティ・ディベロップメントに加え、スタッフ・ディベロップメントがいわれるのはこのためである。持続的な発展を支えるためにはリスクマネジメントの取り組みや内部統制の整備も欠かすことができない。こうした取り組みについて理事会がどれだけ経営責任を果たしているかについても説明することが求められる。この意味で、たとえば学校法人の事業報告書は理事長の責任において(理事長名で)作成・公開されるべきであることは、再確認しておいたほうがよいだろう。

〈おわりに〉
 大学情報の開示の在り方を巡っては、具体的な取り組みのレベルとなると、いろいろな問題がある。たとえば、大学の規模による配慮を考慮すべきだという意見がある。また、データベース化にどう対応するかとの問題もある。さらに基本的な課題としては、国公私立大学間のイコール・フッティングの問題がある。
 2008(平成20)年12月、中央教育審議会が答申『学士課程教育の構築に向けて』を公表し、その第5章「基盤となる財政支援」において、「大学教育の質を保証するための取組の現状と課題を述べたが、こうした活動を支えるのが、国による財政支援であることは言をまたない。」とのべている。一方、その後、大学分科会質保証システム部会は大学の情報公開の在り方を審議し、将来的には国・公・私立大学を通じて同等程度の情報が自主的に一般に公開されることを促すべきとある(議事録、平成22年4月26日)。
 国公立大学との間で財政的支援を含むイコール・フッティングが実現されないまま、私立大学が競争的環境にさらされていとについては、大きな問題が残されている。しかしながら、高等教育の根幹を担っている私立大学が自らの果たしてきている役割や、果たすべき責任に見合った公財政支出を受けるべき存在であることを証明し、社会の信頼を得るためにも、大学情報の公開に一層の努力を払うことが必要である。
(2011年1月17日)


*私論公論の場07参照


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